本院の中枢病理解剖は長寿医学研究所が開設される以前の1990年より横浜市大精神神経科教授(前福祉村病院院長:現聖マリアンナ医学研究所所長)の小阪憲司先生のご指導・神経病理診断の下で開始されました。小阪先生はDiffuse Lewy body disease(DLBD)の提唱者として世界的にも御高名であり、本院の病理解剖の特徴としては、まだその疾患のコンセンサスが得られていない時代からその神経病理診断が的確に行われている点があげられます。
病理解剖は当初、田辺医師、近藤医師らにより始めらました。そのため暫らくは、研究所(当時研究室と呼ばれたが、以下研究所で統一)のスタッフは病院医師として病理解剖には参加していましたが、研究所のテーマとリンクさせたり、CPCへの積極的な参加はありませんでした。
 その後、研究的側面から病理解剖を捉え、脳組織の系統的なサンプリングが始まり、また脳だけでは本質的は問題解決が得られないケースも多々あり、全身病理解剖も1999年より始まりました。2005年後半からは、小阪前院長の転出に伴い、愛知医大加齢医学研究所所長(現 神経病理研究所 所長)の橋詰良夫教授に神経病理診断をお願いしています。橋詰教授は東海地区の神経病理診断を一手に引き受けておられ、その関係から神経病理面での他施設との交流も盛んになり、2006年秋には第一回東三河神経病理カンファレンスを開催する事ができました。

 


 

  現在、ブレインバンク症例は2015年現在、その症例数は600例を数え、神経病理学会はじめ学会報告、症例報告も盛んとなっています。ブレインバンクは欧米で始まったシステムであり、日本でもここ数年、研究的側面からその全国的ネットワークの必要性が認識され、日本神経病理学会、国立病院機構、理化学研究所などが中心にその模索を始めています。現在、凍結脳を組織的・精力的に蓄積し日本でも最大のブレインバンクが構築されている東京都老人総合研究所でも凍結脳の蓄積を始めたのは1995年ですので、我々の凍結脳ブレインバンクが開始されたのは日本国内的に屈指の歴史があるかと自負しています。


 そもそも神経病理的見地からは、診断をつける点に重きをおかれ、採取された脳組織はすべて固定されて標本化されてしまっていました。この点、免疫学・生化学・分子生物学に長けておられた前名古屋市大教授(現 長寿医学研究所 所長)の岡田秀親先生の御着想と山本孝之理事長のご理解で、福祉村病院長寿研では15年以上前から、凍結脳を保管する体制を築く事ができました。凍結脳を保管すると簡単に言いますが、その保管のためにはマイナス80℃超低温冷凍庫(ディープフリーザー)が必要です。現在、研究所にはブレインバンク用ディープフリーザーが10台設置されており、長寿医学研究所の貴重な財産であり要となっています。


 現在600例を越す脳サンプルは全国的に注目されており、日本国内の大学を始め各施設との共同研究が展開されています。凍結サンプルであるがゆえに遺伝子、蛋白、脂質解析に有効に利用する事ができ、アルツハイマー病を中心とした中枢性疾患の病因解明、診断・治療法の確立に大きく貢献しています。また、このお陰での公的研究費、文部科学省・厚生労働省の科学研究プロジェクトの分担研究員に長寿研が指名され公的研究費も相当額獲得する事が可能となりました。

 

  また現在、本ブレインバンクは文部科学省 包括脳プロジェクト ブレインネットワーク(東京都健康長寿神経内科部長 村山繁雄 班長)の下、分担研究費を充当させていただき危機管理、ディープフリーザー充当を行い、国内的なサンプル供与支援体制の構築に協力しています。