公開セミナー
福岡大学薬学部臨床薬物治療学教室 高橋三津雄 教授セミナー
題目:「痴呆症への取り組み」
(一)パーキンソン病とインフルエンザ
これまでのパーキンソン病患者についての疫学調査(パーキンソン病になっている方は、生まれてから現在までパーキンソン病 ではない方に比べてどんな特徴を持った方たちかということを調べること)やエコノモ脳炎という特殊な脳炎の発生状況などから、 次のようなことがわかっています。つまり、世界中でインフルエンザが大流行すると、その数年から数十年後にパーキンソン病や エコノモ脳炎になる方がわずかながら増加するということです。統計学的に、インフルエンザの大流行とその後のパーキンソン病の 発生率にはゆるやかな相関があるというデータが報告されています。また、たいへん面白いことなのですが、パーキンソン病の 方は風邪をひきません。風邪のすべてがインフルエンザ・ウイルスが原因ではありませんが、インフルエンザと考えられる冬季の 特徴的・激烈な風邪にパーキンソン病の方はほとんどかからないのです。何かしらインフルエンザ・ウイルスへの感染と パーキンソン病には関わりがありそうだというのがこのストーリーの出発点です。
(二)インフルエンザ・ウイルスは中脳黒質が好き?
そこで私たちが最初に行った実験は、マウスの脳にインフルエンザ・ウイルスを感染させてどの部分にウイルスが 行きやすいかをみることでした。ある特定のウイルスでは、かならず神経細胞、それもカテコラミン系の神経細胞に入り込んで 感染するのがわかりました。この系の細胞は、中脳黒質という所では、ドーパミンという物質を作ります。この細胞が障害され ドーパミン不足になるのがパーキンソン病です。培養細胞を使っても、小児のインフルエンザ脳症の脳を調べても同じような 傾向がありました。実際のヒトではどのようにその場所に達するのかという問題がありますが、インフルエンザ・ウイルスは パーキンソン病で障害を受けやすい部分がどうやら好みのようなのです。
(三)風邪抵抗性の指標、MxA蛋白
パーキンソン病の方が風邪になりにくい体質を持っているのはどうしてでしょうか。インフルエンザ・ウイルス感染の時に たくさん作られ、ウイルスが感染細胞内で増殖するのを押さえるMxA蛋白というものがあります。マウスでこの蛋白を 持っている系統と持っていない系統にウイルスを同じように感染させると、MxA蛋白が出来ないマウスでは感染が 重症になり死亡するものが出てきます。したがって、たしかにこの蛋白はウイルス退治に効果的なことがわかります。
パーキンソン病の患者さんでこのMxA蛋白が作られやすいかどうかをパーキンソン病ではない方と比べてみました。 すると、驚くべきことにすべてのパーキンソン病患者さんでこのMxA蛋白が非常にすばやくたくさん作られるという特徴が 見られたのです。これは、パーキンソン病でない方で全く風邪を引かないという群と同じくらいのレベルです。ですから、 パーキンソン病の方が風邪をひかないということの理由の一つは、このMxA蛋白がすばやく作られるということによるのでしょう。 酒飲みは、肝臓でのアルコール代謝酵素がたくさん作られます。これと似ているとすれば、パーキンソン病でも何らかの ウイルスの刺激がそれまでに繰り返しあるいは特別な形で働いて、MxA蛋白が作られやすい状況になっていることがこの 体質を作っていると考えてもよさそうです。
(四)MxA蛋白は凝集する
パーキンソン病とインフルエンザ・ウイルスとの関連は、ウイルス感染の際にたくさん作られるMxA蛋白という物質をなかだちにして、 可能性のあることのように思えてきました。そこで、このMxA蛋白の性質をもう少し調べてみましょう。この物質は、 本来GTP分解酵素で細胞内にあるのですが、一つの分子の中にお互いに結合しやすい二つの部分を持っています。 つまり、この分子は一つでも折れ曲がってこの二つの部分でくっついたり、近くにたくさんこの分子があると、 隣り合った分子同士がこの結合しやすい部分でくっついて数珠つなぎになりやすいのです。雪だるま式に 大きな分子になっていく性質を持っているのです。すると、このような巨大な塊状のMxA分子が前回お話し 致しました蛋白の凝集のもと、核になると考えられます。
(五)ヒトのMxA遺伝子をもったマウス
MxAに対する抗体でパーキンソン病の方の脳を詳しく調べると障害をおこしている中脳黒質のドーパミンを作る 神経細胞にみられるレビー小体というタンパク質の異様な塊の一部にこのMxA蛋白が認められたのです。すべての パーキンソン病の患者さんではありませんが、一部の方ではMxA蛋白が核になって蛋白の巨大な凝集体、つまりレビー小体が 作られていることが想像されます。年をとるに従いヒトの脳の中でMxA の塊の周りにゆっくりレビー小体が出来てくるのを観察できれば 一番良いのですがそうも行きません。その代わりにヒトのMxA遺伝子をそっくり組み込んだマウスで観察しました。 すると生まれて一年を過ぎる頃からこのマウスは、遺伝子を組み込んでいない普通のマウスと比べて、運動時のバランスが悪く、 即座に方向転換など出来なくなっていたのです。脳内を調べると、レビー小体と呼べるようなものは出来ていませんでしたが、 細胞が死にかけている時のシグナルが中脳黒質の例の細胞に認められました。また、組織中のドーパミン濃度も はっきりと低下していたのです。これはまるでヒトのパーキンソン病でみられる症状、脳内の変化を再現したような結果でした。
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